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鈴鹿高専の坂西教授とシュレーディンガーの波動方程式

木曜日, 6月 2nd, 2011

なんとなく文章を書きたくなったのでエントリーw

僕の過去を語るのであれば、欠かせないのは鈴鹿高専時代の思い出。

今思えば、何が悲しくて高校1年生から寮に7年間(留年した訳ではなく専攻科卒です)も入っていたんだろう、、、というのは置いといてw

鈴鹿高専で工業化学を学んでいた僕ですが、一番印象に残っているのは坂西教授の理論有機化学の授業です。

「シュレーディンガーの波動方程式」を解くという経験をさせて頂いたのですが、あの時に学問の最高体験をしてしまったのだと思います。

なぜなら、ソレ以降は完全にふぬけ状態になってしまったからです。(女子にしか興味がなくなったともいえるw)

それ位のインパクトがあったのですが、あの講義を受けた後に思わず「今日の講義は最高でした!!」みたいなブッ飛んだコメントを伝えに行った位ですからねw

ただ他の同級生は殆どがチンプンカンプンだったようですけどね。(確認はとってませんがw)

まぁ、具体的な数式の解き方みたいなのは、モチロン記憶の彼方に逝ってしまったのですが、感動体験だけが強烈に残っているんですよね。

難解な偏微分方程式が理論と共にダンスを開始。

宇宙というか物質世界の真理に触れる位のインパクトがありました。

あぁ、僕はコレが知りたくて生まれて来たんだぁ、、、位に思いましたw

他の授業で解いて来た偏微分方程式と化学の知識が完全に融合したんですよね。

「全てのモノは光だと思うと光になり、物質だと思うと物質になる。」

というようなのが、数式で論理的に展開されたというようなイメージです。

アレは最高でした。

そういう感動体験が出来るかと思って坂西ジム(坂西教授の研究室)の門を叩いたのですが、あまり化学実験そのものに興味が持てなかったようです。

専攻科の途中で、研究室をドロップアウトしてしまいましたw(高専の4、5年生あたりの勉強で疲れたのもあるw)

でも、化学発光反応での物質が放つ光の美しさは脳裏に焼き付いていますし、卒論発表の時に分析化学を教えて頂いてた教授(そう彼ですw)の意地悪な質問にケンカ越しに対応したのも良き思い出です。

後は、年に一回だけ四日市のレストランでのお好み焼きとワインのディナーの食事会も楽しかったです。(アレはドコだったんだろう?)

奥さんもステキな人だった印象が残っています。

奥さんを愛していて授業中に「1週間に何回デートしたと思う?、、、答えは20回!!(正確な数字は覚えてません)」みたいなノリが最高でした。

そして、コンピュータのプログラミングも出来るし、高い実験機器を壊してしまっても怒られるという事は皆無!!の人間的にも素晴らしい人でした。

でも、この人みたいなスーパーマンになるのは無理!!と化学道の行き着く先を見せて頂きました。

上には上がいるという事を体験出来て良かったです。

そういえば、富澤教授の極めてロジカルな物理化学の授業も最高だったなぁ。

また、当時の最先端技術のハイスペックなNMR(超伝導とか夢のテクノロジーですよねw)に触れたのも最高の体験でした。

あとはインターネット黎明期に「別に壊れてもいいよ!!触れ触れ!!」って感じで、フリーズしまくりのマックを(ポルノサイトまで)弄らせてくれるような雰囲気が鈴鹿高専にはあったんですよね。(コレは坂西教授じゃないです。少し離れたアルファロメオに乗っていた彼ですw)

今ではインターネットは当たり前ですが、当時はコストも高く海外の論文やNMRスペクトルのデータが取り出せる機械って感じでした。

選ばれし人間だけが触れる最先端の情報機器というイメージで近寄り難いと思い込んでました。(思い込みw)

そして、そんな情報をドコから引っ張ってくるのかが完全に謎でした。

まぁ、中途半端な大学でグダグダ過ごすのではなく、優秀なエンジニアを創出するという土台がシッカリしていたので

青春の全てを捧げた事に後悔は無いと断言しておきます。(アレコレ考えたくなる気持ちもゼロではないのですけどねw)

本当は大学院まで進学して化学の道を極めるというのもあったのですが、「シュレーディンガーの波動方程式」を解く以上の経験が出来るような分野を発見する事が出来なかったのですよね。(化学から科学の方向にいくには高専の授業は実践的過ぎたと分析)

真面目にひとつの道を極めるというか専門性だけを追求するのは本能的に違うと感じてしまったのです。

だからといって、超適当に最初の就職先を決定したのは考えが足りなかったと反省しております。

ただ、その選択は間違っていなかったと確信しています。

縁があってこの文章を読んでいる鈴鹿高専の後輩(C科に限らず)に伝えるとするならば、、、。

自分が尊敬出来る教授に色々と質問して勉強しまくりなさい!!と伝えたいです。

えこひいきとか露骨にするバカな先生もいるけど、ソレも社会勉強です。

結構強烈なキャラの教授達が沢山いるけど真面目に授業を聴くと相当なIQを持っている先生は多いです。

数学の伊藤清先生とかフザケてシッカリ授業を聴いてなかったけど、字は読みずらいけど本当はスゴイ天才なので注意して下さいねw

一般の大学ではなく高専で教授をするというのは、エリートコースからドロップアウトした経験があるのだと思います。(推測)

エリート街道まっしぐらの人間よりも21世紀はドロップアウトした経験のある人間の時代です。

15歳から20歳までの人生で最もエネルギッシュな時間を高専で過ごすという選択をするなんて最高の選択が出来ている証拠ですw

点と線が繋がる瞬間は突然訪れます。

アンテナを張り巡らせて生き抜け若人!!(なんちゃって)

と後半は脱線してしまいましたが、坂西先生のこんな文章を発見。

理論有機化学を幼稚園でやるぞ!!とあります。

素晴らしい人との出会いが人生には何度も訪れます。

坂西勝正先生は元気に釣りをしているのかなぁ、、、。

と、最近はノスタルジックな思い出が蘇る事も多いので長文を書いてみました。

過去の点と今の点を繋げてみました。

[人物] 苫米地 英人

木曜日, 12月 24th, 2009

僕の事を知っている人なら確実に耳にした事があるであろうw、苫米地英人(とまべち ひでと)

本とか出しまくっているので、そろそろ有名になってきたのかなぁ!?

しかし、本を読まない人やテレビとケータイとコンビニ雑誌しか見ていないにとっては、全く認識されていないんでしょうね。

この人に洗脳されちゃうと、「戦争と差別の無い世界」ってのも実現可能だと気付いてしまいます。

だって、戦争と差別を止めればいいだけなんですよw。出来るでしょ!?やらなきゃいいんだもんw。

反射で「そんなの無理!!」って人は、社会的洗脳の犠牲者という位置づけをされてしまうという、、、恐るべしドクター苫米地w。

で、色々な苫米地本とかを読んでいると資本主義も止めればいいだけという事に気付かされてしまいますw。

無限に印刷出来るマネーで有限の人生を買うなんてオカシイ話ですからね。

支配者さんには申し訳無いのですが、苫米地本を読み解いていくうちに資本主義のカラクリにも気付いちゃいましたw。スイマセンw。

という訳で、凄すぎて理解されていないのが現状!?だと思ったりもするので、DJ NAGiSAも同じ中観論者として25世紀のお経に載っちゃうであろう人間w「苫米地英人」を紹介します。

以下に苫米地さんのブログから経歴をコピペ。

脳機能学者・計算言語学者・計算機科学者・離散数理学者・認知心理学者・分析哲学者・ドクター苫米地ワークス代表・コグニティブリサーチラボCEO
角川春樹事務所顧問・南開大学(中国)客座教授・カーネギーメロン大学コンサルタント・CyLab兼任フェロー
学位:カーネギーメロン大学博士(Ph.D.)[論文委員会 ハイミーカーボネルCMU、冨田勝CMU(現慶応大学)、スコットファールマンCMU、デビッドエバンスCMU、アレクスワイベルCMU、辻井潤一UMIST(現東京大学)]

なんのこっちゃ分からないと思いますが、とにかくスゴイ経歴の持ち主なんですよねw。

僕が洗脳されているのかも知れませんがw、本とかを読みまくって、苫米地理論を実践しまくっているとスコトーマが外れまくり&抽象度の高い思考がクセになってしまい、、、サラリーマン(現代の奴隷)辞めて夢に向かって突き進むというチャレンジングな人生をスタートさせてしまいましたw。

21世紀の人間は、何かしらのメディアの影響を受けずには、生きていけない動物なので仕方無いですねw。

徹底的に研究&思考を続けた結果、、、どう考えても正しい事が分かったので、実践するしか無くなってしまったんです、、、w。

釈迦やキリストじゃないですが、論理に矛盾が無いってのは、究極ですね。

というか、今まで人生を歩んできて「ドッチでもいい」「なるようになる」ってのが、究極wだとは気付きませんでした。

苫米地本に良く出て来る「スコトーマ」「抽象度」「時間は未来から現在、そして過去へと流れる」って言葉の意味と概念は、21世紀の人類の常識になると考えているので、苫米地英人の本を読んで勉強して下さい。

DJ NAGiSAのオススメは、「本当はスゴイ私」「新・福音書」「まずは親を超えなさい」です。

天才は、周りに天才しかいないので、凡人が理解出来ないって事を理解するまでに時間が掛かる、、、らしいですw。

逆説的ですが、結論が「ドッチでもいい」ってトコロを言ったトコロがスゴイんですよねw。

死後とか霊とか喋ってる間にも他にやる事あるでしょ!?って、そりゃそうですねw。

人類は、物質と時間の最小単位まで定義しちゃったんですね。

って事は、、、あとは組合せの問題になってくるので、クリエイティブに生きて、やりたい事をやるしかないんですよ。

僕もソコに気が付いてしまったので、世間の常識に縛られずに自分が「やりたい事だけをやって生きる」という生活を実践するようになりました。

DJ NAGiSAも思いっきり中観論者ですw。ってどんなDJだw。

簡単に言うと「ドッチでもいい」って思ってるだけなので気にしないでね。

上の動画での「存在」の三視点→空観・中観・仮観の説明とかクールです。

「空観」

この世も素粒子のレベルまで行ってみるとヒモの振動状態に過ぎない。

振動していると素粒子、振動していないと真空。

そんだけw。

で、徹底的に空観を極めて、「全ては空だ」と言ってポワーンってしてるだけなら別にいい。

だけど、「空だから何をやったっていい」という勘違い&大間違いをして殺人とかしてしまう人間がいたりする。

徹底的に突き詰めて考えるのは大丈夫だけど、解釈を間違えると無茶苦茶してしまうバカが出て来て人類滅亡。

ダメじゃんw。

「仮観」

この世は実体がある。

物理的実態が未来永劫存在していくという見方。

領土や金は、あればあるほどいい。

なので、土地や金や財宝をゲット&人間を支配しまくって煩悩を満たしまくって、、、人類滅亡。

ダメじゃんw。

「中観」

機能に注目する。

人間一人一人の役割に注目すれば、全ての存在に意味を持たせる事が出来るという考え方。

空観にも仮観にも極端に偏らずにドッチもいい塩梅でバランスのいい感じ。

幸せとか愛とかも脳内伝達物質の状態に過ぎない。

全ての存在は、あるといえばあるし、ないといえばない、ようなモノ。

変な”こだわり”とかが、執着を生み出して苦しんだりするので、気楽に生きていきましょうという感じ!?。

全員が宇宙を構成している要素であり、一人一人がそれぞれの宇宙の中心にいるというイメージ。

そこに優劣は無い。

というような考え方ですかねぇ、、、。

どんな修行でも、論理や理論と修行の実践をバランス良くやっていかないとダメですね。

宮台真司とかと一緒にマスメディアの社会的洗脳についても語ってます。

後半の天才3人が語る仏教論!?とか超クールです。

勉強をするのに「何に役立つ」とか「誰に勝ちたい」とか本当にどうでもいい事ですよね。

自分が、やりたいと思う事がやりたい事ですよね。

自分の人生だから自分のやりたい事をやるなんて当たり前ですよね。

学生の頃は、モチロンそう考えていたのですが、就職の時期が近づいたりすると、本当にこのままでいいのか!?とか、学校の勉強が社会で通用するのか!?とか必要以上に不安になったりもしました。

で、会社に入れば予想以上にバカが多くて社会に幻滅したりしつつも、サラリーマン以外の選択肢を速攻で否定してしまうという思考ループ。

それが、社会的な洗脳によるものだとは、苫米地本とtAkatronix氏に出会うまでは全く気付きませんでしたw。

まぁ、釈迦もキリストも苫米地も当たり前の事しか言っていないんですけどねw。

その当たり前に気付くまでに掛かった時間や労力が、ブログとかで紹介する事である程度は、短縮出来ると思っています。

単純に考えてみると毎日やりたい事だけやっていれば、やりたい事だけやった人生になるのは明らかですからね。

死ぬ時に「やりたい事はイッパイあったけど、あれもこれも我慢しました。欲しがりません勝つまでは、、、良い子でしょ僕、、、。」ガクッ。って最期は嫌ですからねw。

悟りすまして偉ぶっている人間ではなくて、喜怒哀楽に満ち満ちて人間らしく生きているDJってのを目指してDJ NAGiSAは修行!?を続けていきます。

まぁ、苫米地理論を実践するしないは、モチロン個人の自由なのですが、読み物としても面白いし勉強になると思うので読んでみて下さい。

世界を変えるのは無理かもしれませんが、世界の見方を変える事は出来るという事に気付いて頂けると思っています。

と、苫米地さんをリスペクトはしていますが、セミナーに行ったりとかブレイントリガーとかまでは、サスガに、、、ちょっと、、、w。

って位の感じなので、安心してFREEEKに遊びに来て下さいねw。

「洗脳」という言葉を見ただけで、「怖い」とか「トンデモナイ」と思う人は、明らかに「洗脳」されています。

是非、苫米地本を読んで脱洗脳して下さいませw。

[人物] ジャック・アタリ

木曜日, 10月 1st, 2009

mixiの高城剛さんのコミュを見てたら、ジャック・アタリさんの「実に興味深い内容に思わずメッセージTシャツを作ってしまいました!」という人がいました。

気になったので、調べてみるとYouTubeにインタビュー動画を発見。

見てみると確かに興味深い内容でした。

時間の無い人は、コチラを参考にしてみて下さい。(良くまとめられています。)

で、この動画の最初の部分だけでも見ていただきたいんですが、、、。

注意:インタビュー2部作の最終話になります。

興味を持たれた人は、良かったら全部見て下さい。

ジャック・アタリ 緊急インタビュー 「第1回 危機の核心とは何か」 
http://www.youtube.com/view_play_list?p=B5C313915761B214

ジャック・アタリ 緊急インタビュー「第2回  世界を襲う5つの波」 
http://www.youtube.com/view_play_list?p=9AD1FA7F58F47B97

博愛精神とか利他主義って聞いただけで、『キレイゴト』って反射的に思う人は、生き残る為には”敵に勝たなければいけない”という間違った教育の犠牲者かもしれませんね。

本当に博愛主義に富んだ利他主義の世界って理想論でしかないんでしょうか?

確かに、競争するように教育されて続けてきた人間の行動パターンを変えるのって難しいとは思います。
でも、なぜ競争するのかといえば、生きていく為に食料が必要だからという”飢えを恐れる動物的本能”だと思うんですよね。

で、日本に限っていえば、”食べるもの”には困らない世界が出来上がりつつある。

って事は、もう競争しなくてもいいじゃん!!って事になると思うんですが、、、。

競争を強いられる現代社会の仕組みって何なんでしょうね!?

勝ったら嬉しくて、負けたら悲しいという単純な思考しか出来ない人って多いように感じます。

僕は、勝っても負けてもドッチでもいいと思っています。

ドッチに転んでも上手くいくように人生は出来ていると思っているからです。

突き詰めて考えれば、マネーと生存を結びつけて考える思考が苦しみを生み出しているような気がします。

「欲しい欲しい」と思うほど「欲しい欲しい」という現実を引き寄せているような気も、、、。

そういう自分の思考について考える事って、結構大切だと思います。

競争するという事は、必ず勝者と敗者が存在します。

思考停止状態で無理矢理競争させられる資本主義のシステムが、間違っているとしか言えない状況だと思うのですが、染み付いた行動パターンを止める事が出来ないのは人間の脳の仕組みからいっても当然といえば当然なんですよね。

だから、誰かが気付かせてあげなければいけないと感じます。

そのためには、教育システムを変えていく事(競争から共有の方向へ)も必要でしょうね。

21世紀は「煩悩をコントロールしながら、利他的な行動を実行しつつ、なりたい自分になる」時代かなぁ、、、って思っています。

で、そういう実行力のある人間が、21世紀のカッコイイ人物像だと思います。

僕は、カッコイイのが好きなんで、ソッチを目指したいと思ってますw

染み付いてしまった習慣から抜け出すのは難しいとは思いますが、実際に抜け出して”本当の幸せ”を手に入れている人がいるのは事実。

人間として”より豊かな生活”を目指すって事に罪悪感を持つ必要は無い。

競争を強いられる現代社会のなかで「競争をやめたら楽になった」って人間が増えればいいなぁって思います。

で、そういう人の体験談とかを共有する事で、自分にも出来るかも!?という勇気をもらったり出来ると思うんですよね。

21世紀を生き抜くには、悲観主義でも楽観主義でもないバランスのとれた思考がベストだと思います。

思考を続ける事で、博愛主義に富んだ利他主義の世界の実現は可能だと思います。

という訳で、新しい視点をもたらしてくれたジャック・アタリ氏に感謝。

ブレる事の無い思考の軸を持っている人に憧れます。